「させていただく」という言葉について

最近、コピーなど言葉の使い方について考えることが多くなったため、自戒を込めて前々から感じていた内容についてちょっと記事を。

昨今よく「~させていただきます。」という言葉遣いを見ます。

一時期は自分も使っていたのですが違和感が拭いきれず最近は使わないように努めているのですが、調べる、というかGoogleで「させていただく」と検索しただけでその違和感の原因がポンポン出てきました。先頭からしていきなりWikipediaの「日本語の乱れ」です。

「させていただく」という言葉は、「作業の段取りがこちらの判断で進める段階に入ったから、進める前提で相手へ連絡する」という旨を、相手から承った上での行動としてクッションを付けた言葉だとは思うのですが、主観での「させて」という言葉は相手の立場だと「させる」という指示の言葉になるため、指示の必要のないタイミングで「させていただく」と言われるのは、裏を返せば「自己判断でなくあなたの指示で動いています」という責任の押し付けに自分は感じてしまいます。

自分の判断を主張しすぎずあくまで相手を立てた上での言葉で、謙虚を美徳とする何とも日本的な考えから生まれた言葉とは思いますが、そもそも「させてもらいます」の「もらう」を「いただく」と二重の丁寧語にしたという発祥からしても、安直な印象があります。「する」→「させてもらう」の時点で敬語になっているので、慇懃無礼と言えなくもありません。

日本語はわずかな言い回しの変化で意味も印象も変わってしまうデリケートな言語です。
しかし表現一つで人の心もとらえる強烈な言葉になることもあります。

蔓延している言葉をただ漫然と使わずに、時には疑問を持って本質を探りより良い表現を考えることで、文章の表現力は上がっていくと思います。

[ビジネス] [言葉]

投稿日:08年09月26日 09:43:26

トラックバックURL

コメントする

名前

メールアドレス

URL

コメント (HTMLは使えません)